谷川岳一ノ倉沢南稜はクライミング黎明期から多くのクライマーを迎えてきた一大クラシックルートである。
アルパインクライミングの登竜門とされ入門コースとされているが、それは単にクライミング技術の話であることを忘れてはならない。歩行技術はもちろん天候判断、地形を見る目など経験を積み総合力が備わって初めて挑戦が許される。
一ノ倉沢出合に立つといつも言い知れぬ緊張感に包まれる。
圧倒的な岩壁に取り囲まれた谷に足を踏みれると尚更だ。
堅く締まった雪渓を詰めていく。
面倒な滝の高巻きや懸垂下降はこの時期必要ない。
朝日が高く上がるとともに気温も上がり汗が吹き出す。
谷は巨大なデブリ(雪崩の跡)に覆われていた。
大きな沢の上部の雪はほとんど落ちきっているようだが、ところどころ落ちきっていない雪が残っている。
雪渓を離れ岩壁へのアプローチとなるテールリッジをたどっていく。
ツルツルに磨かれたスラブ状の尾根を詰め上げる。
正面に衝立岩が圧倒的な存在感で立ち塞がっている。
左のスカイラインが目指す南稜だ。
基部に残る雪が気がかりだが行ってみなければ分からない。
濡れて嫌らしい烏帽子沢のバンドトラバースを慎重にこなしたどり着いた南稜テラスは半分ほど雪に覆われていた。
乾いている部分もあったので準備を整え、ここからは気持ちの良いクライミングが始まる。
登るにつれどんどん高度感が増していく。
時折、雪崩の轟音が谷にこだまする。
ラストピッチは外傾したホールドの多く緊張感が高まる。
最後の最後に核心が現れるのは心憎い演出。
無事に完登してほっと一息。
あとは快適に懸垂下降するだけ…であったが。
2ピッチ懸垂して私が待っている時だった。
6ルンゼ左俣の奥に詰まっていた雪塊が頭上に降りかかるように轟音を立てて崩れ落ちてきた。
セルフビレイをつけているのでなすすべなく壁側に体をよせると、それは脇をかすめるようにしてルンゼへと消え去っていった。
危機一髪でほっとしたが、この時期のリスクとして十分警戒しなければならない。特に気温が上昇した時は要注意だ。
登りよりもさらに慎重に下りをこなして安全地帯にたどり着くことができた。
安堵感と達成感に浸りながら新緑まぶしい林道を歩いた。もちろん山の恵みも忘れずに。