黒部横断 2022-23 その③ 黒部別山南尾根 P4~P2 

Day7-1月1日 風雪-暴風雪

黒部別山南尾根・P4にてしめやかに新年を迎える

一同、前日にP5の核心を越えたこともあり少しだけ落ち着いた表情が見える

朝一番はP4から大キレットへの懸垂下降から始まる

視界も悪く下降路は立木や藪に覆われているので見通しが効かない

逆にいうと中間部での懸垂支点は容易に取れるということ

藪に結び目が引っかかるのを防ぐためシングルロープでピッチを切って懸垂下降する

 

私が先頭で藪を払いながら、降りていく

30m弱で切って更に懸垂する

藪にまとわりついた大量の雪を落としながら下っていると不意に足元に空間が生まれた

見下ろすとロープは空中に揺れている

私は既に壁に足を突くことができないオーバーハングの下にいた

地面までは明らかにロープが足りない

通常であればロープを登り返してピッチを切るところだが30㎏オーバーの荷物がその選択肢を打ち消す

見通しでは60度ほどの斜面だったので荷物の振られ止めや荷重分散を行わずに下降していたことが仇となる

空中に放り出されると荷物の重みで身体は水平になってしまう

逆さまにならないように全力を使って腹筋で耐える

下を見ると中間部に雪のテラスが見えた、テラスの幅は2mほどか…

ロープもギリギリそこまでは届いている

登り返しの選択肢のない中、半ば祈るようにテラスへと下降していく

テラスの脇まで下りたとき愕然とした…

テラスの半分は雪庇状に張り出しているだけで触れば落ちてしまいそうな状態だったのだ!

私はオーバーハングで壁から離れた状態で辛うじてテラスの縁に触れる程度の距離にぶら下がっていた

縁にそっと手を伸ばして「崩れないでくれ!」と祈りながら這い上がろうと試みる

だがしかし、荷物の重みで這い上がれない、崩れそうなので強引に乗りあがることもできない

せめてアックスがあればと思ったが、ザックに括り付けてある

その時、脳裏には「ここで吊られたまま死ぬのか?」という考えが浮かんだ

吊られているだけでもザックの重みで身体が折れ曲がり苦しいこと限りない

いうなればロビンマスクのタワーブリッジをかけられ続けている状態だ

その間も風雪が吹き付けてくる

最悪、重いザックを谷底に投げ捨てれば登り返すことは可能だろうが、
その後のことを考えるとそれは最後の手段だった

私は再びテラスの縁に手をかけ、ザックを半分雪の上に載せることに成功した

ザックを転げ落ちないように自身にスリングで連結し、なんとか肩から荷重を抜くことができた

雪庇状のテラスの縁もなんとか崩れずに持ちこたえてくれた

ザックから解放されるとようやくテラスへと這い上がることができたが、
暫く動くことが出来ないほどの疲労であった

必死に雪を掘ると灌木が出てきた

どうやら灌木に雪がまとわりついてできたテラスのようだった

セルフビレイをとって和田・鈴木を迎える

和田はのちにこう語った…「テラスの脇まで下りたとき、俺、ここで死ぬのか…と思った」と

一方、私は絶望空中遊泳から安定?テラスでセルフビレイを取れた状況に変っていたので随分、安堵していた

同じ環境でも置かれた立場、そこに至った経緯によって感じ方が天国と地獄ほど違ってくるという好例であろう

支点となっている手首ほどの太さの灌木は私にとって絶大なる安心材料となる支点だったが、和田にとっては論外だったようだ

協議の結果、そこから懸垂することはせずに鈴木の持ってきたロープをもとのロープと連結して引き上げてダブルにして地上へと下降することにした

無事に地上へとたどり着いたとき、再びしばらく動けないほどの疲労を感じていた

上部から50m一杯、テツとタクが懸垂下降してきた

二人、いわく「空中懸垂が長すぎてビビりました」とのこと

ざっと25mは空中を降りてきたことになる

南尾根の側壁にまさかこれほどのオーバーハングを擁していようとは想像だにしていなかった

大キレットのコルへと直接降りれば2ピッチで降りられたのかもしれないが

見通しが悪いため沢筋にズレた位置に降りてしまい下降距離がのびた結果であった

水平に身体を倒しながら降りてくるタクの姿は「天空の城ラピュタ」のシータが空から降ってくるシーンを思わせた

大キレットからは深いラッセルとなった

ルンゼから尾根へ上がって急な尾根でロープを出す

所々、雪壁や面倒な岩場も現れる

更にヤセ尾根をたどって小キレットへ懸垂する

ひたすらラッセルを続けP2直下へとたどり着いた

午後から荒れる予報だったが既に風雪は強まって厳しい天候に変っていた

明日は大荒れ予報で停滞が濃厚、雪洞を掘って籠ることにする

ここまでくれば充分な積雪があると思われたがテントを収めるには十分な深さが取れなかった

足りない分は半イグルーのブロックで塞ぐ

完成マジかとおもった時、天井の端が40㎝ほど崩落してしまった

このままでは天井とブロックの壁の隙間から絶え間なく雪が滝のごとく流れ落ちてくる

何とか薄い板状のブロックを切り出して屋根替わりとすることができた

何度も失敗しながらの執念の工作であった

こうして令和5年の元旦はしめやかに幕を閉じた