「年末は黒部横断に行かないか?」
G登攀クラブ代表の鈴木からそう誘われたとき、一瞬の迷いがあった
…というのも数年前に完遂した剱岳北方稜線は満足のいくものだったし
私の中では雪山の長期縦走に対して一区切りがついた気持ちでいたためだ
それでもその迷いが「一瞬」であったのは、自分が導き出す結論が完全に見えていたからだ
「行く」と
仲間が頑張っているのを家で待つことの方が遥かにつらいことは想像に難くない
Day1-12月26日 風雪
早朝に八王子に集合して信濃大町へ向かう
充分なラゲッジスペースが売りのエクストレイルの荷台は天井近くまで積み上げられた大型ザックに埋め尽くされた
信濃大町で山形在住の和田と合流し扇沢から7キロ手前の日向山ゲートへ向かう
今回は山岳会の若手二人も参加で総勢5名
黒部横断するパーティーとしては随分大所帯となった
こんな長期山行に人が集まる山岳会はよほど変人だらけなのだろう(自分もその一員だが…)
大人数でただ歩いてもつまらないので剱を登る際は2パーティに分けて登攀する予定だ
1つは源次郎尾根、もう1つは前剱東尾根を登る計画
何度目かの縦走になるもの
初めて黒部に足を踏み入れるもの
20代前半の若者から40代半ばのおじさんまで(おじさん率は高い)
それぞれの思いを胸に歩き出す
夏は車で入れる道を重荷を背負って歩くのはキツイ
初日が一番荷物が重いし身体も山に馴染んでいないからだ
歩き始めてすぐに、悩んだ末ザックに詰めた荷物の重みを感じ後悔する
そんな思いも慣れたもので数日経てば軽くなるハズと自分に言い聞かせる
それでも人が多いと話も尽きず気分が紛れてよい
扇沢からワカンを履いて本格的なラッセルとなる
やはり人数が多いとラッセルは楽だ
重い荷物と沈む雪の感触を確かめながら歩く
少しずつ雪のコンディションをつかんで心も体も山に馴染んでくるような気がする
初日は赤沢岳・屏風尾根の末端に幕営する
風も当たらず快適なテン場ができた
Day2-12月27日 晴れ
幸い夜に降った雪は10㎝程度だった
朝から急な尾根に取り付く
クリスマスまでに降った大雪のせいで先頭は空身ラッセルが続く
それでも昔登った際に比べれば進めているだけ十分だ
あの時はひどいものだった…
青空の下、じわじわと高度を稼ぐ
空身でラッセルして道をつけたらザックを取りに一度降りて
ザックを担いで再び登り返す
この繰り返し
天気がいいと重労働も心地よい
針ノ木峠の方を見上げると雪煙が舞っている
どうやら稜線は風が強いらしい
時にバンザイラッセルとなる
ラッセルにもテクニックがあって経験値がものをいう
ラッセル上級者の和田は言った…
「雪をねじ伏せるんじゃない!だますんだ!」
14時過ぎに稜線直下についたが赤沢岳のガスは取れずメンバーの疲労も考慮して早めに幕を張った
長期山行ではこの辺りのさじ加減が成否を分けることがある
焦らずじっくりと山と向き合う胆力がものをいう
幸い明日の午前中まで天気は持つらしい
Day3-12月28日 晴れのち雪
稜線は想像通り西風が強くご来光を悠長に眺めている余裕はない
時折大きく踏み抜いてしまう歩きづらい道を赤沢岳へ向けて登る
深いラッセルがない分、歩みは早い
背後にスバリ岳、針ノ木岳が大きい
遥か先の剱の頂が朱く染まっている
赤沢岳山頂に立ち黒部川へ向けて北西尾根を下る
ここは視界がないと少し厄介なところ
幸い問題なく尾根に乗ることができた
北西尾根上から黒部別山を俯瞰する
左前方に伸びる最も顕著な尾根が目指す南尾根である
黒部別山は無数の尾根や壁、ルンゼを要している
その全てが怪しげな魅力を放ち蠱惑的な面持ちでクライマーを誘う
赤沢岳北西尾根の途中は急峻で雪を踏み抜いてしまう場所が多く難儀する
平坦な場所はラッセルも必要
所々、支尾根が分岐していて地形図を手放せない
ワカンでもアイゼンでもどちらでも厄介なところが多くところどころロープも使いながら降りる
ウンザリするほど下って黒部川本流に降り立ち川を渡る
夏は放水があるため水量が多いが冬は容易に渡ることができる
標高は1200ⅿ以下
驚くことに扇沢(1422ⅿ)よりも大分低い…昨日までの登りは何だったのか?
この日は北西尾根末端の岩壁下に幕営
明日からの別山南尾根の取り付きを偵察する
水質を考慮して内蔵助谷の水を汲んだが雪を溶かして作った水よりも遥かに美味であった
さすが立山の名水である
ここまでは当初の計画の半日遅れだが想定の範囲内でむしろ順調といえる
明日からは第一の核心となる黒部別山南尾根を登る
今回、山行に参加した大きな理由の一つは黒部別山を登るからだった
「黒部の魔人」と呼ばれる大タテガビンの岩壁を有する独特の存在感をもった山だ
夏に扇沢からトロリーバスに乗って黒部ダムに降り立ち
堰堤から谷底を挟んで正面に鎮座する別山は一見、黒木に覆われ地味な様相だが
よくよく見てみると峻険が岩壁を張り巡らせた要塞のような山である
以前から私はその頂に立ってみたいと思っていた
可能であれば積雪期にバリエーションルートから…
そして今、その懐深く飛び込もうとしている
この時、私たちは翌日に待ち構える悲劇を想像すらしていなかった…
その②へ続く…