荒々しい岩壁をもつ南八ヶ岳を「動」とするなら、
北八ヶ岳は豊かな森と苔に覆われ、ひっそりと湖沼を点在させる「静」なる場所でといえるでしょう。
その中で唯一、クライミングの対象となる壁が稲子岳にあります。

稲子岳と聞いても、すぐにピンくる方は少ないかもしれません。
それもそのはず、北八ヶ岳の主稜線から外れ、山頂は平らで周囲の山から眺めても目立たない存在だからです。
私がその存在を知ったのは黒百合平のそばの中山峠から特徴的な岩壁を望んだときでした。
丸みを帯びた稜線をもつ北八ツには似つかわしくない垂直に切り立った断崖が朝日に照らされていました。
地図を広げて確認すると、そこには「稲子岳南壁」と記載されていました。

アプローチのしらびそ小屋まではこまどり沢の清流に沿った美しく好ましい登山道でした。
今回、久しぶりに歩いてみると道が付け変わっていて、林道を経由するものになっていました。
大雨の影響で沢沿いの道は崩れてしまったようです。
いつの日か元の登山道が復旧したら、あの心地よい道をまた歩いてみたいものです。
登山道を外れて急斜面の踏み跡をたどると南壁に突き当たります。
南壁は岩が脆く最近は左方カンテ以外登られることが少ないようですが、
自由なラインどりも可能なので、もっと登られてもよいように思います。
あなたならどこを登りますか?
カンテといいつつ最初の方は凹角を登っていきます。
傾斜の緩い部分には浮石がたまっていますが、堅い岩を選んで登れば問題ありません。
出だしは動きも固く、難しく感じるかもしれませんが、探せば手掛かり豊富です。
登るにつれ視界が開けます。
眼下には紅葉の森が広がっています。
しっかりとしたボルトに導かれ左のクラックを登ると見た目よりも傾斜があって苦労させられます。
右のチムニーが弱点となり易しいですが、どちらを登るかはあなた次第です。
たんだんと調子も上がってきて、乾いた岩の感触を楽しめるようになります。
先行パーティーに追いつきました。
関西から来られた山岳会の皆さんでした。
「ガリガリ」という音がしていたのでアイゼントレかな?と思ってましたが、
あとで聞いたところ片方の前腕がなく、アックスその腕に固定して引っ掛けて登っているそうです。
今でいうとパラクライマーといったところでしょうか。
すいすいとリードしていたので、びっくりしました。
短く切って6ピッチほどの登攀です。
秋晴れの空の下、紅葉を眼下に見下ろしながらの爽快なクライミングとなりました。
稲子岳はクライミング初心者にも易しいお勧めのルートです。
しっかり歩いてアプローチして、岩壁を登って山頂に立つので充実度も満点。

下山は「ニュウ」を経由してシャクナゲ尾根を下りましたが、急に人が多くなり驚きました。
どうやらトレランの大会が行われているようでした。
100人以上とのすれ違いがありましたが、やっぱり山は静かな方がいいと思いました。
なんでも前の日の朝から走っているそうです。
どおりで亡霊のようにふらふらした人が多かった訳です。
山の楽しみは人それぞれですね。