かつての甲斐駒ヶ岳登拝路は、黒戸尾根を登って八合目御来迎場から第一バンドを渡り、摩利支天から山頂に達した後に黒戸尾根を下るものだった。
現在、その道をたどるのは赤石沢奥壁を攀じるクライマーに限られる。
摩利支天へと続く消えかけた「御中道」と呼ばれる信仰の道をたどった。
早朝に、七丈小屋を発ち八合目・御来迎場の手前で御来光を望む。
八合目の崩れた大鳥居。
私が初めて訪れた20年前は確かに建っていたように思う。
踏み跡をたどって八丈バンドへ。
赤石沢奥壁が圧巻。
雪解けして間もない道は草も寝ていて滑りやすい。
道もまだシーズン前で踏まれておらずか細いばかり。
トラバース最低部となる左ルンゼから行く先を伺う。
気になるのは残雪の状況。
常に敗退を視野に入れながら、進んでいく。進退窮まってからでは遅いのだ。
振り返ればまた壮観。
一番の懸案であった摩利支天のコルへの詰めの雪渓。
状態は直前になるまで死角になっていて伺うことができない。
幸い雪は概ね溶けていて問題ない状態だった。
駒ケ岳山頂を背に摩利支天へ向かう。
白く輝く花崗岩には真っ青な空が良く似合う。
辺りを覆っていたガスは晴れ駒ケ岳山頂は当然として北岳・仙丈・塩見まで見晴らすことができた。
梅雨の最中、各地の山は雨模様であったが、ここだけ晴れているような具合であった。
端正な山容、輝く白砂、見上げるほどの巨岩、いにしえから人々を惹きつける名峰の中の名峰。
日本屈指の標高差を持つ厳しい黒戸尾根の下り。
ところどころに咲く花たちが彩を添えて、疲れた身体を癒してくれる。
黒戸尾根の妖精が「またおいで!」と囁きかけてくれた気がした…。