両白山地の笈ヶ岳(おいづるがたけ)は残雪期にばかり登られる山である。
理由は明白で登山道がなく深い藪に覆われているからだ。締まった残雪に覆われた時期にのみ日帰りが許される。登山口となる中宮温泉までの道が開通するのは4月下旬。稜線の雪が残っているのが5月上旬と登るのに適している時期はせいぜい2週間ほどだろうか。もちろん藪を厭わなければ夏でも可能だが苦行の領域に違いない。
そもそも両白山地と聞いてピンくるのは地元の山屋かよほどの有識者だけだろう。
分かりやすくいうと加賀・白山に連なる稜線。白山と能郷白山を併せて両白と呼びなしている。
笈ヶ岳は両白山地北部の最高峰である。
そんな地味な山に多くの人が集まるのには紛れもなく二百名山に選ばれているからに違いない。
登山口の自然センターからは廃れた遊歩道をたどる。
雪解け水の流れるジライ谷を渡り岩混じりの急峻な尾根を這うように登る。
主稜線の冬瓜山(かもうりやま)へと近づくとようやく残雪が現れる。
雪面には多くのトレースが刻まれていた。
冬瓜山を越えてシリタカ山へ達すると背後に大きく雄大な姿をした白山に遮るものなく対峙することができる。
昨夏、苦労して歩いた加賀禅定道の長い尾根が山頂から像の鼻のように伸びていた。
正面に双耳峰の笈ヶ岳の全容を望むようになるとようやくあと少しと言えるようになる。
強風が山肌を吹き抜けて慌てて雨具を着込んだ。
山頂から北アルプスが白く線を引いたように連なっているのを見ることができた。
剱岳と穂高岳は黒々とした岩肌を見せていた。
振り返ると加賀平野と日本海を分ける海岸線が綺麗な弧を描いている。
暗いうちに黙々と歩いた遊歩道にはカタクリが地面を埋め尽くさんばかりにどこまでも咲いていた。
雪国の春は今まさに盛りを迎えている。
残雪の隙間から次々と柔らかな若葉が芽吹き、花を咲かせている。
登山口の駐車場に帰り着いて時計を見ると短針はちょうど一周したところにあった。
新緑は日差しを受けて輝き、まだほのかに肌寒い風がしなやかな枝を揺らしていた。