阿弥陀岳 北西稜

研ぎ澄まされた刃物のような鋭いリッジは登山者を魅了して止まない

日本登山体系に記されているように阿弥陀岳北西稜はひときわ異彩を放っている

私にとっても、そこは特別思い出深い場所だ

あの時、冬季のバリエーションルートはほとんど初めてだった私は友人にそそのかされて北西稜に足を向けた

途中までは順調にすすんだがトポを読み違えて最終ピッチ・核心部のリードを私がすることになった

第二岩壁の右のクラックは想像以上に傾斜が強くジャミングなどできなかった私を苦しめた

途中、散々逡巡した結果、手袋を外し素手で小さなホールドを握って何とか乗り越えることができた…

一度はフットホールドに置いていたアイゼンが外れ落ちたと思ったが、運よく下の岩に爪が引っかかりフォールを免れた

その時、息も絶え絶えに稜上へ這い上がって行く先に難所がないことを悟ったときの安堵感は今でも忘れることができない

この日は前日に前線南下による降雪があったが予報では10㎝程度といっていた

実際山へ入ってみると20㎝~25㎝ほどの新雪が積もっていた

美濃戸から南沢をアプローチ途中、知り合いが下山してきたので話をした

なんでも北西稜に向かったがトレースが消えてラッセルが酷く敗退してきたとのことであった

行けるところまで行こうとラッセルするも新雪の下の古い雪はこのところの昇温でグズグズ

腰や胸まで踏み抜きながらの厳しいものだった

樹林を抜けると風も強まり気温も低いので敗退もよぎった

時間もかかっていたが天候は安定していたので行けるところまで行こうということで足を進めた

幸いかろうじて登攀可能な範囲だったのでクライミングを開始した

あの時、厳しく感じた岩稜は今日もそれなりの手応えがあったので少し当時の自分をほめてあげたいと思った

日が延びたおかげて、やや遅い時間の山頂でも焦りはない

あとはいつもの道を歩いて降りるだけだ

行者小屋へ降り立つと遭対協の面々がいた

知り合いのガイドもその中にいたので話をすると赤岳で雪崩の事故があったらしい

遭難者は私は直接の面識はないが地元の遭対協で長く活躍されたガイドであった

私が歩いていた場所の積雪はおおむね安定していたように感じていたので驚いた

標高や地形、斜面方位、時間帯によっても積雪の状況は大きく違う

雪のことを知るガイドであっても予測できない範囲が必ずあるということ

私自身も自分の知識や判断を過信せずに常に謙虚な態度で山に向き合って行かなければならないと思った

故人のご冥福をお祈り申し上げます