カラマツ林のアプローチはハルセミの声に満ちていた。
天鳥川に沿って歩くようになると何時もより僅かに大きな瀬音と相まってバリ島のケチャの合唱のようにも聞こえる。
沢沿いの道から山の斜面の方へと緩く登り始めるとミズナラの若葉のすきまから大面岩の障壁が顔を覗かせていた。
緑豊かな山肌から唐突に現れたそれは周囲との調和とはかけ離れた異物。
取付きでロープを結んで下部のスラブと樹林を抜けると徐々に視界が開けてくる。
昨日までの雨が岩を濡らして光っていた。
中央左にハイライトとなるカンテが顔を覗かせている。
幸いルートは雨の影響を受けていないようだ。
高度感のあるトラバースがルートにアクセントを加える。
スラブには幾つもホールドが散りばめられているが、それをうまく組み合わせてパズルを完成させなければならいない。
指先と爪先のわずかな接点が岩と自分を繋ぎ止めている。
時には全身を岩にこすりつけることもある。
花崗岩のザラザラとした感触に心ゆくまで酔いしれた後に見る絶景も格別の味わいがある。
吹き抜ける風が少し熱をもった指先を心地よく癒してくれた。