人はいろいろな思いをもって山へ向かう。特にその思いが強く憧れを抱くのが剱岳だろう。
深田久弥の百名山に選ばれていることもあり一般登山者が目指す最も難易度の高い山であるし、クライマーを魅了する岩稜が居並んでいる。
様々な登山者が集まる剱沢小屋は皆を等しく温かく迎えてくれる場所だ。
この頃は秋の長雨に登山者も山小屋も苦しめられ、いささか鬱屈とした気分に包まれていた。
そんな夕方に架かった虹は明日への期待と希望を抱かせるには十分すぎる演出だった。
長い一日の始まり。
星空の下をライトを照らして歩き始め、前剱へたどり着くと眩い朝陽の光に照らされた。
頂上は近いが、目指す北方稜線はその先に続いている。
挑戦は三度目。思いは強い。
頂上で喜びに浸る人たちをよそに北方稜線の縦走路へと足を踏み出す。
八ツ峰、チンネ、小窓の王。ここはクライマーの領域だ。
長次郎の頭から振り返ると既に剱岳の本峰は遠い。
八ツ峰を見下ろしながら池ノ谷乗越へクライムダウンする。
つづく池の谷ガリーは今にも崩れ落ちそうな岩が堆積した谷。
ルート中の難所だが、今年はとくに入山者が少ないためが踏み跡は全くなく、状態が悪かった。
稜線から小窓雪渓へと降り立つ。
鉱山道へ登り返せば池の平小屋は近い。
池の平より歩いてきた稜線を振り返る。
裏剱の様相は峻険で人を寄せ付けぬ威圧感を持っている。
山は厳しいが人は温かい。
貸し切りの池の平小屋を後にして、剱沢を登り返す。
別山乗越を越えると室堂の紅葉は数日の間で思いのほか進んでいるような気がした。