谷川岳東尾根は一ノ倉沢の大岩壁を見下ろしながら山頂へダイレクトに突き上げるクラシックルートである。
積雪が締まって安定する3月に多くの入山者を迎えるルートで通常は日帰りされる。
新雪期のこの時期は下部はヤブラッセル、上部はバンザイラッセル。それに加え雪崩にも怯えながら敗退もなかなかに厳しいルートで記録はそうそう見つからない。当然、一日で抜けるのは難しい。
今回は年末の剱に向けてのトレーニングとして敢えて深雪の東尾根に一泊二日でチャレンジした。
厳冬期の入山者の少なさの理由として一ノ倉沢のいかにも恐ろし気で悲壮感漂う姿があるだろう。
雪崩の集中する地形であるし谷の中は逃げ場がなく当然雪も深い。
実際、良く見ると烏帽子スラブには巨大な雪崩の落ちた跡・破断面が伺える。
通常、一ノ倉沢に入り初めに出合う一ノ沢を詰めてシンセンのコルに出て東尾根をたどるが、
この時期沢沿いのルートは論外。一ノ沢左稜を登る。
下部、樹林帯はヤブのラッセルとなる。
灌木の下は空洞となっており踏み抜きは避けられず、体力が奪われる。
登るにつれ尾根はどんどん痩せていく。
ナイフリッジには触れると崩れていくシュガースノーが載っている。
思いの外、アップダウンが多く高度が稼げない。
痩せ尾根に乗った雪を落としながらじわじわ進む。
シンセンのコルまで進む予定がシンセン岩峰の手前で時間切れ。
ナイフリッジ状のわずかな隙間を土木工事・拡張し天幕を張った。
東の空が明るんで陽の光が差すと剱岳の八ツ峰のようなギザギザとした一ノ沢左稜のシルエットが映しだされた。
モルゲンロードに染まる岩稜を登攀する。
時にはナイフリッジに馬乗りに跨って進む。
予想外に充実した面白い稜線でもっと多くの人に登られていいだろう。
風もなく申し分ない天気に恵まれた。
空がどこまでも青い。
シンセンのコルからは岩峰を越えたり巻いたりしながら進むが概ね激しいラッセルだ。
気温も上がり、体中のあらゆるものに雪がまとわりついて団子になる。
春には瞬く間に駆け上がれるであろう雪稜はどこまでも果てしなく感じられた。
薄く脆弱な雪庇にも細心の注意が求められる。
最後はモグラのように雪を掘り進み国境稜線の雪庇を突き破って山頂へと飛び出した。
一般道からの登山者はとうに下山をすませ、人気のない貸し切りの山頂だった。
気持ちはこの山行の後につづく剱岳北方稜線への挑戦へと向いている。
この日は冬至。
太陽は傾き早くも小出俣山の背後に隠れようとしていた。