たおやかな稜線に豊富な残雪。雪解けとともに草原を埋める花々。
その全てがひとつとなって飯豊連峰の魅力に満ちた景観をつくり上げている。
冬場の多量の降雪と日本海から吹き上げる風が標高2000m前後の稜線を日本アルプス並みの環境へと変貌させるのだ。より厳しい環境にこそ生まれる美しさがそこにある。
山へ入ってから二日の間、稜線を覆っていた濃い霧が窓をわずかに開けたように退いて長大な石転び沢雪渓が姿を現した。
束の間の眺望に歓喜するも再び重い霧に包まれ気持ちは沈むが、明日への期待を持たせるにはそれだけで十分だった。
三日目の朝の色は淡い紅で私たちの頬をほのかに染めた。
あたたかな太陽の温もりを吹き飛ばすような強い風が稜線吹き抜けているが小屋を発つ足取りは軽い。
振り返ると大きな北股岳が長く伸びる梶川尾根を従えて堂々たる姿を惜しげもなくさらしている。
懐には思い出多き梅花皮小屋が山に抱かれるようにポツンと佇んでいる。
春を待ちわびた花は驚くほど逞しく大輪の花を咲かせる。
シナノキンバイの花はその中でもひと際、生命の息吹を感じさせる。
この時期の雪渓はところどころ氷となっているので、注意深く足を運ばなければならない。
もちろん軽アイゼンは忘れてはいけない。油断は禁物。
シラネアオイはその大きな花びらと独特の色合いが美しく人気も高い。
薄くか弱い花びらは儚く、咲いて間もなく地面へと落ちてしまう。
雲の切れ間から溢れ出す光芒が一瞬のドラマを生み出す。
梅雨時期に登る理由としてこの花に逢いたいことが挙げられる。
ヒメサユリとはよくぞ名付けたものだ。
御西小屋に着くまでは展望のない大日岳へ登るのは止めようかと思い悩んでいたが、
そんな思いを吹き飛ばすように霧が晴れて青空が覗くようになった。
大日岳への稜線は飯豊の主稜線を望むには格好のプロムナード。
飯豊本山あたりに来ると咲いている花の種類も次第に変わってくる。
ここより以前は蕾だったチシマギキョウは見事に咲き誇っていた。
イイデリンドウとウズラバハクサンチドリは飯豊の固有種。
飯豊本山を越えて切合小屋へ。間には草履塚が大きく立ちはだかる。
つい数時間前に立っていたとは思えないほど遠くに大日岳があった。
稜線を下りる最後の最後まで見守るように佇む姿は慈父の温容を思わせる。
ヒナウスユキソウは最も厳しい環境に咲く花。
いつも小さな身体を風に震わせている。
歩いてきた道のりに思いを馳せる。
厳しい登り。
吹き付ける風と視界を妨げる霧。
幾度となく現れる雪渓とその際に咲く沢山の花。
縦走は後半に差し掛かったところ。
まだ越えるべき頂は多く、道のりは長い。