「 山は心を後に残す方がいい 」

深田久弥は当時、確たる道のなかった雨飾山に登った際にこう記している。
一度目は登る道を見いだせず。二度目は悪天のため四日の足止めの末、むなしく引き上げた。

ようやくたどり着いたその頂は格別のものであっただろう…。

人はそれぞれの思いをもって山に向かっている。
苦労の末にたどり着いた頂は生涯心に残るものであるに違いない。


霧のバスを降りて、室堂平へ降り立つと幕を引いたようにあたりを取り囲む山々が姿を現した。

山々は私たちが思うよりずっと早く秋へと装いを変えていた。


思えば立山を紅葉の盛りに訪れるのは初めてだった。
どこまでも澄み切った空の青が秋の深まりを感じさせる。

何度も歓声を上げ、足を止めながら剱沢小屋へ向かった。

剱沢小屋では昨日は山の上に氷が張ったと知らせてくれた。
風はもはや冬の訪れを予感させる冷たさだった。

晩秋というのに未だ豊富な雪渓を下り池の平へむかう。


いつもは夏には途切れてしまう平蔵谷の雪渓も上部まで繋がっている。
おかげて歩く雪渓は安定してくれていた。


長次郎谷の出合いからは八ツ峰の岩峰がドロミテのドライチンネのように顔を覗かせていた。


三の窓の雪渓の上チンネの鋭鋒がにはひと際鋭く突き出ている。


裏剱と呼ばれる仙人池の辺りから望む景観は日本離れしたダイナミックさがある。


多くの写真家の憧れの場所である仙人池からの裏剱も実物を見れば納得してしまう。
仙人池の周囲が山域の中でも最も鮮やかに色づいていた。


水面に写る山の姿はクロード・モネの絵画のようでいつまでも見飽きることがない。


星降る夜空の下、池の平小屋を発ち小窓雪渓に降り立つと機を見計らったかのように岩壁が紅く染った。

振り返ると鹿島槍の双耳峰の間から日の光が溢れ出し、太陽が姿を現した。
それは素晴らしい一日の幕開けを予感させてくれた。


小窓の頭を巻いて小窓の王の基部に来るとチンネが姿を現す。


三の窓から見下ろすと池の谷のV字谷が深々と切れ込んでいた。その先には富山湾が見える。


憧れのチンネ左稜線に思いを馳せる。
そして再訪を皆で誓った。


池の谷ガリーは北方稜線の難所の一つ。
一歩たりとも気を抜くことは許されない。


気が付けば八ツ峰を背後に見るようになった。
長次郎の頭を過ぎれば剱岳・本峰は近い。


長次郎の頭を越える。ここでのルートファインディングは難しい。


頂上へはもちろんダイレクトルートで。


最後は快適なクライミング。


「 試練と憧れ 」

今日の剱は祝福に満ち溢れていた。